世界には多くの文化財がある。建造物のような有形のものから、祭りのような無形のものまで多岐にわたるそれらは、国によって異なる保存制度によって守られている。
本コラムでは、日本、世界各国の保存制度への理解を深めるべく、制度の成立の背景や運用の仕組みなどを横断的に取り上げ、共通点や差異について捉えたい。また、今後の保存制度の在り方についても考察を試みたい。
第2回 戦後:保存意識が浸透するイギリスの建築保存制度について
文・写真/岩井 亮
まず最初に、世界各国の保存制度の潮流を見てみると、第二次世界大戦前は「アテネ憲章」「ワシントン条約」など世界的な規定が連続して打ち出されたが、各国の対応はまばらであり、国同士が協働して建築保存を推し進めるよりも、それ以前に各国内で作られてきた建築保存のプロセスの延長として、新たな法律を施行するものであった。一方、第二次世界大戦後は、戦時中に多くの文化財が破壊された反動で、各国で文化財保存の意識が芽生え、憲章の保存原則に則った独自の条約などが制定されることとなる。
イギリスは産業革命発祥の地として世界最古の鉄橋であるアイアンブリッジをはじめ、産業遺産を保存するケースが多くみられる。イギリスの建築保存制度の特徴は、古城周辺の保全や建造物周辺も含めた保存を行う「景観保護」を世界に先駆け、1895年に提唱した点であり、近年、世界的にも景観保全の重要性が問われている。
さらに、イギリスでは分権主義的姿勢が文化財保護制度にも表れており、単一の法令・機関による中央集権的保護ではなく、法令・機関を役割ごとに分化させた体制による保護を行っている。これは、文化財保護が始められた当初から、新しい規定ごとに新たな組織体系を組み、文化財保護の権限移譲を推進した過去に由来するものである。これにより、政府によるトップダウン的保護だけでなく、市民によるボトムアップ的保護も盛んに行われることとなった。この体制は法整備にも表れており、イギリスの場合、文化財に含まれるもの全てを対象とした法律は存在せず、古代記念物・考古区域法(1979)をはじめ、建造物保護法(1990)、埋蔵物法(1996)、細かい例を挙げると沈船保護法(1973)や軍事遺産保護法(1986)のように個々に対応した法律の下、個別組織による文化財保護が行われている。
このようなボトムアップ的保護の背景には、「ナショナルトラスト」をはじめとした保護団体の活動と、それを構成する会員の国民性や風習が上手く合致したことも1つの理由として考えられる。「ナショナルトラスト」には大人だけでなく子どもであっても会員になることができるため、子どもの生誕祝いに生涯加入権がプレゼントされることもあり、幼少期から歴史的建造物とそれを囲む自然と積極的に触れ合う機会を設けている点が特徴的である。以上のように、イギリスでは建築物だけでなくその周辺環境も保全する意識が住民に浸透していることにより、街全体の歴史が色濃く残る地域独自の景観が各地で残存している素晴らしさがある。
次稿では、近代のフランス領時代のインドシナ地域における建築保存制度に関して紹介する。
2013年に旅行した際に見た歴史的街並み
上)地方都市ヨーク市内 下)ケンブリッジの数学橋
主要参考文献
・海津ゆりえ,山口一美「風景と日常を楽しむ文化を通じた持続可能な観光に関する研究
- イギリス・コッツウォルズ地方を題材に - 」文教大学国際学部紀要第21巻1号 2010-07
・大木沙知子 , 高橋義人「魂の宿った風景:コッツウォルズにみるイギリスの自然保護と
観光政策」平安女学院大学研究年報 2014-06-01
・青木繁夫「イギリス・ドイツの『近代の文化遺産』を訪ねて」月刊文化財
図版、筆者撮影
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